あなたはこの一週間、テレビを見ましたか? また、音楽を聴きましたか?
テレビを見れない、音楽も聴けないような状態ではありませんでしたか。
私には、テレビを見ても内容が頭に入らなかったり、好きだった音楽を聴く気になれなかったりする時期がありました。
この記事ではそのときの私の心身の状態がどんなであったか、回復の過程、当時を振り返って気づいたこと、いま辛い状態にいるあなたへ伝えたいことを書いています。
- テレビが見れない・音楽が聴けないほどしんどかった時期の状態
- 少しずつ回復していった過程
- 当時を振り返って気づいたこと
- いま辛い状態のあなたへ伝えたいこと
テレビが見れない・音楽が聴けないほどしんどかった時期

私のうつには2度の『どん底』がありましたが、1度目の『どん底』の時期に入院した経験があります。
当時は、匂いや音や光に過敏になっていました。
そのころ味覚障害があり、玉ねぎと長ねぎがまずくて食べられなくなっていました。そして、それらが食事に使われていると、匂いだけで気持ち悪くなっていました。
また、音に対しても過敏になっていました。向かいの調理室から聞こえてくる食器のカチャカチャという音が気になり、部屋を替えてほしいと医師に相談したほどです。
幻聴もありました。枕元の換気口から常にピアノの小さな音が聞こえてきました。
「ドレミファソファミレ ドレミファソファミレ ドレミファ…」と、片手で練習するような音が延々と続いているのです。
自分でもそれが幻聴だという自覚はありました。
そんな状態の入院中に、私はテレビを見て気を紛らわせようとしたことがあります。
試しにテレビをつけてみましたが、画面の切り替わりの早さと光に目がチカチカして、苦痛で見ていられませんでした。ほんの1分も見ていられなかったと思います。
またそのころは、音楽を聴きたいという気持ちが起きなくなっていました。好きだった曲ですら聴こうとする気が起きず、長いあいだ音楽も聴けなかったのです。
少し回復しても、テレビや活字の内容が頭に入らなかった

私は2度目の『どん底』の時期に、” 底を突いた” 最悪の状態を経験しました。
そこからどうにか這い上がれたころ、テレビをつけるようになりましたが、内容がまったく頭に入ってきませんでした。
映像は理解できても、話の流れがわからないのです。まったくと言っていいほど、ストーリーが理解できないのでした。
おなじころ、長いあいだ放っておいた公的郵便物を開けてみましたが、文章を理解するのが難しい状態でした。
好きな音楽や本を、少しずつ楽しめるようになった

『どん底』の”底を突いた状態”から4か月ほど経ったころ、私は図書館に通い始めました。
起きている時間を増やすことと不特定多数の人間のなかにいることに慣れるには、子供のころから好きだった図書館はうってつけの場所でした。
そして図書館の静かな空間で、私はブログの勉強を始めると同時に本を読むようになりました。
最初は、好きな作家であるよしもとばななさんの小説を読んでみました。
決して難しい文章ではないのに、何度も同じ行を読んでしまいました。行を目で追うことが上手くできなかったのと、文字を読んでも内容が頭に入らなかったために、読み返さなければならなかったのです。
時間はかかりましたが、ゆっくりと読み進めていきました。
途中でやめずに最後まで読めたのは、よしもとばななさんの小説の世界が好きだったからに他なりません。
小説を何冊か読んだあと、こんどは内容のやさしい『自己啓発本』を読むようになりました。
これから生きていく上での「考え方」や「心の持ちよう」を見つけたかったのだと思います。
興味を持ったタイトルの『自己啓発本』を次々と読みました。
いままで持っていた価値観とは違うものに触れ、気づきがありました。生きていく指針が見え、未来に少し希望を持てるようにさえなりました。
そんなふうに段階を経て、私は本を読むことがまた楽しめるようになっていったのです。
”底を突いた” 状態から6か月ほど経ったころ、こんどは音楽を聴く気になりました。
ある日思い切って、 ” 押し” の最新アルバムを買うために隣町のCDショップまで出かけてみました。
それは、私が電車に乗れたり、大型ターミナル駅の人混みに耐えることができるほどに回復してきたことを証明していました。
また、購入したCDが期待をはるかに上回る内容だったので、繰り返し聴いて楽しむこともできました。
※ 『どん底』だったころから、図書館に通えるようになるまでの体験を書いた記事もあります。👇気が向いたときに読んでみてください。

いま振り返ると気づくこと

実は、当時の私を振り返ってみて、わかったことがあります。
あらためて振り返ってみたら、当時、私の心や頭には余裕がなかったのだと気づいたのです。
だからテレビも音楽も本も受け入れられなかったのではないかと思うのです。
けれど、当時の私に、「どうにかしたい」という ”あせり” はありませんでした。
泣けなくなったとき、笑えなくなったときは、そのことがずっと心に引っ掛かっていて、「泣けるようになりたい」「笑いたい」と強く願っていました。ですから、「早く回復したい」という ”あせり” がありました。切羽詰まっていたのです。
テレビが見れない、音楽が聴けないというのは、いわゆる娯楽を楽しめないということですから、「泣く」「笑う」という人間の根源的な行動ができないことに比べれば問題はそこまで深刻ではなかったのです。
あせらなかったことは、結果的に良かったと思っています。
「私おかしい、しっかりしなきゃ」「早く回復しなきゃ」などと自分を責めることがなかったので、そのぶん心や頭に余裕が生まれやすくなったのではないかと思います。
※ 私が泣けなかった・笑えなかった時期の体験を書いた記事もあります。👇気が向いたときに読んでみてください。

あなたに伝えたいこと|無理にもとに戻ろうとあせらなくて大丈夫

もしいまあなたが、テレビが見れず、音楽も聴けないような状態だとしたら、お伝えしたいことがあります。
いまの状態は、心や頭に余裕がないことのサインなのかもしれません。
あなたはおかしくなったわけではないし、「どうにかしなきゃ」と自分を追い立てるような気持ちを持つことでもないように思います。
ですからどうぞ、「回復をあせらないでください」。
無理にもとに戻ろうとしなくても大丈夫です。
心や頭に余裕が戻ってくれば、自然に少しずついろいろなことを楽しめるようになっていくのではないかと思います。
私にとっては、身近な自然に触れることや動物を見ることが癒しになり、心や頭に余裕が生まれることにつながったようです。
あなたも、心安らげるものや頭を休ませてくれる何かを、身の回りから見つけてみてはどうでしょうか。
自分のために丁寧にコーヒーを淹れてゆっくり味わってみるとか、動物を飼っていたらじっくり様子を観察してみるとか、観葉植物に水をあげながら愛でるとか、そんな簡単なことでいいのです。
そんなふうにして、心と頭を休ませながら、自然にいろいろなことが楽しめるようになるのを待っていていいと思うのです。
どうぞ、あなた自身の回復力を信じてあげてください。
最後まで読んでくださってありがとうございます。

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