あなたは休むのが苦手な人ではありませんか?
心身に不調をきたしているのに、仕事を休んだり家事の手を抜いたりすることができないでいませんか。
本当はしっかり休む必要があるのに休めていないせいで、心も体も辛い状態から回復できないでいるのかもしれません。
この記事は私の体験から、休めなかった理由とその結果起きたこと、休むために何が必要なのか私なりに考えたことを書いています。
- 休みたいのに休めなかった理由
- 頑張り続けた私の心と体に起きた変化
- 自分を大切にするために必要だと気づいたこと
休むあるいは手を抜くという考えがなかった

私は62年間余裕を持って生きたことがなかったようです。
子供のころからすでに「〇〇しなければならない」と思うと、必要以上に ”必死” になってしまう性格でした。
”必死” になると余裕がなくなりますが、余裕を作るためには『休む』ことが必要かと思います。
けれど私は若いころからずっと、上手に『休む』ということができませんでした。
それは中年になってからも同じで、7年半前うつになってからも、しんどいときに仕事を休んだり夕飯作りの手を抜いたりするということができませんでした。
仕事について
私は、正社員として介護職に就いていた期間が長かったのですが、その途中でうつになりました。
それよりも5年半ほど前、夫が脳出血で倒れ半身まひになっていました。
『夫を支えていかなければならない』と必死だったので、うつになってからも仕事を休むと考えたことはありませんでした。
また、少ない職員の数で回している仕事場だったので、自分が休むと同僚に迷惑がかかると思い、熱があったり体調がすぐれなかったりしても休んだことはなかったと思います。
あなたも、自分が休んだら職場に迷惑をかけると思って無理をしていませんか。
責任感が強いとそんなふうに考えてしまうのではないでしょうか。
毎日定時で帰れたことがなく、残ってはなにかと仕事をしていて、帰るのが遅くなってしまいます。
そんな状態が長い間続いており、それは夫が一日中家にいるようになってからも変えることができずにいました。
しかし、ある日の仕事終わりに体に異変が起きました。突然、体が鉛で覆われたように重くなり動けなくなったのです。
『何これ⁉…』と、それまで味わったことのない恐怖を感じました。
その異常な体験は1度きりで終わらず、数日の間に3度も起こりました。
その後朝起きることができなくなり、仕方なく仕事を休みました。これをきっかけに、私は当時勤めていた高齢者デイサービスを休職することとなったのです。
家事について
我が家は共働きでしたが、家事を分担している今のご夫婦とは違い「妻がやるのが普通」と思って生活してきました。なので、ゴミ出しや細かな家事も含めて、ほぼ私がこなしていました。
でも子供がいないので子育てをしていたわけではないし、舅や姑と同居していたわけでもないので、そういった環境の方に比べればとても楽なはずでした。
毎日掃除をしていたわけでもなく、洗濯も大人二人分だけですから少しも大変ではありません。
そんな中、唯一毎日自分に課した家事が夕飯の支度でした。
食べることが大好きで料理することも好きな私は、夫と一緒に摂る夕飯を以前から大事に思っていました。
けれど帰宅が毎日遅かったので、夕飯を待たせているという罪悪感にかられ、『早く作らなきゃ!』と焦る気持ちばかりで料理をすることが楽しめません。
いつもイライラしながら作っていましたし、その延長で食事自体も楽しめませんでした。
かといって、出来合いのおかずを買うことや冷凍食品を使うことに抵抗があった私は、手作りにこだわって手を抜くこともできないのでした。
あなたが共働きの主婦であれば、家事や仕事に時間を取られ、自分をケアする余裕が持てていない状況かもしれません。
そうして、自分を後回しにする毎日になっていたのかもしれません。
夫のリハビリや介護について
夫が半身まひになってからは、夫のリハビリや介護に必死でした。
よい妻でありたい、夫の体の残存機能を落としてはいけないと、それを第一に考えました。
また、夫の介護に関わる方々によい妻にみられたいと思っていたので、お節介な性分の私はかなり甲斐甲斐しく夫の世話をしました。
リハビリのことにしても、介護にしても手を抜いた覚えがありません。とにかく必死でした。それが夫のためだと思っていたのです。
当時気づけなかったこと

仕事も家事も私なりに、頑張ってきたつもりでした。
「自分なりに精一杯やっている」「これ以上はできない」と自己満足していたのだと思います。
私は『休めない人』ではなく、『余裕がないことにも気づけない人』でした。
- 常にイライラしている自分の気持ちに気づけなかった
- 〇〇すべき、〇〇であるべきという固定観念に縛られている自分に気づけなかった
- 精一杯やっているのだからそれはいいことだと考えていて、別のやり方もあることに気づけなかった
- 何かをするとき、人と協力してやろうという考えがなかった
- 自分の考えを他人にも押し付けていた
仕事や家事や介護において、自分の感情に気づいていなかったばかりか、人としてとても大切なことにづけていなかったのです。
いまならこう思う

余裕がないと人にも自分にもやさしくなれない
精神的にも体力的にも余裕がないと、人にも自分にもやさしくなれないということも、うつになってわかったことでした。
「そんなの当たり前のことでしょ」と思われた方も多いと思いますが、私はそれに気づいていなかったのです。
夫の介護をしていた当時、夫のケアマネジャーからこう言われたことがあります。
「障碍者が障碍者をみる(世話をする)ことはできないよ」とーー。
身体障碍者になった夫を精神障害のある私がみれるはずがない、と言われたように感じました。
『この人はなんて身も蓋もないことを言うのだろう』『そんなことを当事者の私に言う⁈』とショックを受けたのを覚えています。
いまなら、事実をハッキリ言うあの人らしい言葉だったな、と落ち着いて捉えることができます。
自分のことで一杯いっぱいになっていたうつの私には、夫の介護などできるはずがなかったのです。
そしてまた、余裕がないと物事を早くやっつけようとしがちになります。
丁寧さがなくなって、心がこもらなくなります。夕飯作りや夫の介護がまさにそうでした。
物事を丁寧にするためには、ゆとりある時間配分をすることも大事かと思います。
そうして余裕を持つためになにより必要なことは、ちゃんと休むことではないかと思っています。
大切なのは頑張り続けることではなくちゃんと休むこと

私はこの歳になるまで、人として大切なことに気づかずに生きてきました。
未熟さゆえに、仕事でも家庭でも周囲の人に迷惑をかけてしまいました。
辛い状況のときこそ考えること
もしいま、あなたが心身ともに辛い状況にいるなら、休むことを考えてください。
待ったなしの状況だとしても、一息つける時間くらいはあるはずです。
休むことで、大変な状況と自分の感情に溺れてしまうことから、自分を救ってあげてください。
そのためには、自分の置かれた立場も堂々巡りの感情も、一旦手放して休むことです。
無理して頑張り続けることが大切ではないのです。
辛い状況のときこそ、自分の心や体の状態を客観的に見るように心がけ、それらを整えることが大事だと痛感しています。
体を休ませてあげる
私はうつの『どん底』の ”底を突いた” 状態を経験し、どうにもならなくなって初めて「楽に生きてみる」ことを考えるようになりました。
その結果、「貯金が尽きる少し手前まで、働きに出ない!」と決めることができました。
その頃はすでに離婚していて、自分だけを養えばいい状況になっていたので決心できたのではないかと思います。
『当分の間働かなくていいのだ』と思うと、初めて心から安らぐことができるようになりました。
私にとって、仕事を休むことにはそんな ”覚悟” が必要だったのです。
私の場合は、「休む」と ”覚悟” を決めるまで何年もかかりました。
でも今は、休むことは逃げることではなく、自分を守るために必要な選択だったのだと思っています。
家事でも仕事でも「休んだらどうなってしまうのだろう?」とか「休んだら問題が起きるのでは?」「〇〇と思われてしまうかも?」という不安に負けることなく、どのような結果になっても受け止めると腹をくくることが必要なのかもしれません。
もちろん、不安がすぐに消えてなくなるわけではありません。
それでも私は、「なるようになる」「なるようにしかならない」と考えられるようになってから、肩の力を抜けるようになりました。
案外、自分が休んでも思っているような困った状況にはならないのかもしれません。
あなたは機械ではないのですから、ちゃんと休むことが必要です。
心を休ませてあげる
心を休ませてあげるには、自分を許してあげることが必要だと思います。
上手くやれなかった自分、ダメだと思っている自分を許してあげることが大切かと思います。
離婚したことと愛猫(ちょび)を手放したことは、私の人生で最も大きな後悔です。
私はうつの『どん底』から少し回復したころ、これらの後悔から脱出するために ”自分を許すこと” にしました。
許そうと思うのは簡単ではなかったけれど、大切なものを守ることができなかった自分を許すことにしたのです。
そうしないと変えられない過去に執着して、いつまでも辛くてやりきれないからです。
許したところで心の傷は消えませんし、痛みもあります。でも、少なくとも前を向けるようにはなりました。
できることならあなたにも、自分を許すことで前を向けるようになってほしいと思っています。
まだ辛い状態のあなたへ
いま辛い状態やしんどい状態にいる方にお伝えしたいことがあります。
「いまの状態の自分を許してあげてください」「自分で自分を責めて、苦しまないでください」
そうして、ちゃんと休みましょう!
「頑張らなくても大丈夫」と自分に言ってあげてください。
あなたは機械ではありません。
疲れたら休んでいい。
休むことは甘えではなく、これから先も大切な人を大切にするために必要な時間です。
少しの余裕が、自分や周りの人にやさしさも取り戻す。私はそう信じています。
どうか、誰よりもまず、自分にやさしくしてあげてください。

コメント
コメント一覧 (3件)
「愛猫(ちょび)を手放したことは、私の人生で最も大きな後悔です。」
私もちょびさんと一緒で、愛猫を手放したことにとても大きな後悔をしました。
今でも思い出すと胸が苦しくなります。
けれど、それって私の執着なのに気がついてからは少し前を向けるようになりました。
同じ思いをしている人がいると思うと、それだけで心が救われる気がします。
ありがとうございます。
SHUさん、コメントくださりありがとうございます。本当に嬉しいです!SHUさんの愛猫は存命でしょうか。ちょびは2月に預け先で亡くなりました。亡くなる前日(数時間前)に元夫と一緒に会いにいけたのが救いです。これもエゴなのでしょうが、ちょびは会えるのを待っていてくれたように思っています。そして、枯れるように穏やかに旅立っていったと施設の方から教えてもらいました。動物らしい自然な死に方だったと思います。苦しんでいなかったのが救いです。長文になりました。 お互いに素敵なブログを作りたいですね。
ちょびさん、返信ありがとうございます。
私の愛猫も昨年(2025年)6月に預け先の友人宅で静かに亡くなりました。
友人と一緒に看取ることができたのがせめてもの救いです。
私もエゴかもしれませんが、危篤と知って飛行機に乗って会いに行くまでの間、待っていてくれたのかなと思っています。
お互いに共通するところも多いですし、色々助け合いながら良いブログを作っていきたいですね^^
ありがとうございます。