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【体験談】家にこもりがちだった私が図書館に通えるようになるまで改善した話

川に浮かんでいる数羽のカモと夕日

私がうつを患ってから7年半が経ちました。

その間にはいろいろな経験をしました。

なかでも心療内科の病院に自分から入院したことと、2度の味覚障害(2回目は4年2か月の長期間)は大きな出来事でした。

うつの『どん底』になってからは家にこもりがちな時期が長く続きました。

けれど少しずつ回復し、最終的には図書館で4時間ほど過ごせるようになりました。

この記事では、『どん底』だった頃から図書館に通えるようになるまでの体験を書いています。

この記事でわかること
  • どん底の時の私の状態
  • 少し回復してから始めたこと
  • 私を支えてくれたもの
  • いま思うこと
  • 回復のきっかけは人それぞれ
目次

『どん底』のときはなかなか家から出られない

暗い空に少しの陽光

重いうつの経験のある方ならわかると思いますが、『どん底』のときはなかなか家から出られないですよね。

私もそうでした。

けれど一人暮らしで助けてもらえる人も身近にいない私は、かなり辛い状態のときでも、食料の買い出しだけは行っていました。

自転車で5,6分のところにあるスーパーへ、3日おきくらいに行っていたのです。

人に会いたくないときは、数人にしか会わないで済む歩いて5分のコンビニで食料を調達しました。

しかし、『どん底』の “底を突いた” ときには完全に家から出られなくなりました。

一日中布団のなかで過ごし、ほとんど食べることもできませんでした。

いま振り返っても、どうやってあの “底を突いた” 状態から抜け出せたのか不思議な気持ちです。

たぶん自分では気付いていなかったけれど、心の奥底で『生きたい』と願ったのでしょうね…。

いま生きていられるのは本能のおかげだと思っています。

動物でよかった。(笑)

最低限のことしかできなかった

私にっとっては食料を買いに行くことと、ゴミ出しが最低限のことでした。

集積所がドアを出てわずか3mほどのところなので、ゴミを家の中に溜めることができないたちの私は、なんとかゴミ出しをしていました。

けれど、食べることと排泄すること以外はほとんどなにもできませんでした。

私の場合は子供の世話や親の介護をする必要もなく、自分のことだけ考えていればいい状況だったのでなにもしなくて済んだといえます。

お風呂に入るのは1ヶ月に1度ほどでしたし、”底を突いた” 3ヶ月間は歯も磨けませんでした。

家から出なくても日の光は浴びた

外出する機会は少ない状態でしたが、そんな時でも日中カーテンを閉め切って過ごすことはほとんどありませんでした。

夜閉めたカーテンをどこかのタイミングで開けていましたから、外の光は部屋に取り込んでいました。

朝日を浴びることが人間にとって大変よいことだというのはすでに常識になっていると思いますが、

そこまではできなくても、外の光を感じていたことはよかったと思っています。

私は介護職で働いた期間が長かったのですが、ずいぶん昔、ある方のお宅で介護に携わる人間が集まって行う会議に出席したことがありました。

その方の居室にはたくさんの荷物とたくさんの段ボール箱がうずたかく積まれており、日の光が窓からまともに入ってこないような部屋でした。

今後の介護方針を立てている会議の最中に私は、

「〇○さんが元気になるには、まず外の光がもう少し入るように環境を変えたほうがよいのではないでしょうか?」と発言しました。

その時、出席者の方々の間に何かに気づくような「はっと!」した空気が走ったのを覚えています。

もしかするとそれは私の勘違いで、『なにを言い出すの⁉』と思われての空気だったのかもしれませんが。(笑)

日の光の入らないような場所にいては元気になれないと、当時から思っていたのですね。

そんなわけで、気分が落ち込んでも戸外の光を部屋に入れないことはありませんでした。

少し回復してできるようになったこと

薄暗い雲と白い雲のあいだに少し明るい空

”底を突いた” 状態から少し回復した頃に、私は無理なくできそうなことから外出の機会を増やそうと思いました。

スーパーになるべく毎日買い物に行くことから始めて、それができるようになった頃、少しずつ散歩をするようになりました。

食料は毎日買いに出かける

見知らぬ不特定多数の人がいるところに出かけることに慣れようと思い、なるべく毎日スーパーに行くことにしました。

元々パジャマを着る習慣がない私は、仕事に行かなくなってからは一日中部屋着で過ごしていましが、スーパーに行くとなればあまり変な恰好では行けません。

かなりラフな格好でコンビニやスーパーなどに買い物に行く若い方も多いようですが、そういう感覚が私にはないので、出かけるとなれば少しは身だしなみを気にします。

少し身なりを整えて、自転車で5,6分のスーパーに行くことから始めました。

川沿いを散歩する

ある程度買い物の習慣ができた頃、体力の低下を痛感していた私は「これ以上衰えたらまずい…」と考え散歩の習慣を再開することにしました。

『どん底』になる前にはできるだけ散歩をするようにしていたので、少しずつ散歩を再開しようと思ったのです。

最初は堂々巡りするばかりの思考を断ち切るために『右・左・右・左・・・』と前に出す足を心の中で唱えながら歩くようにしました。

図書館に通うようになる

その次に私は、起きている時間を増やすために図書館に通いました。

家にいるとついつい横になってしまうので、図書館に行こうと思いつきました。

朝起きる習慣も同時に身につけようと思い、開館時間の9:30めがけて図書館に行き13:15頃までの約4時間を本を読んで過ごすようにしました。

また、その頃に興味を持ち始めた ”ブログ” についての勉強も始めました。

私を支えてくれたもの

4分割コラージュ:川沿いの散歩道/川で憩うカモ/アジサイと枯れかけた矢車草/図書館のミーテイングテーブル

考えてみると辛い時期の私を支えてくれたものはいくつもありました。

□ 元夫とのLINE

□ 推しの存在

□ スーパーでの買い物

□ 散歩

□ 自然とのふれあい

□ 読書

長いうつの間に離婚と引っ越しを経験しましたが、離婚後も元夫とは毎日LINEをしていました。

私の落ち込んでいる気持ちを元夫が誰よりも支えてくれたのは確かなことです。

また、私には ”推し” がいて、その人の存在もとても大きな力になりました。

『どん底』の ”底を突いた” ときには一日中布団から出られず、布団の中でひたすらその人のことを考えて過ごしていました。(笑)

スーパーでの買い物

味覚障害があり何を食べても不味いのですが、元来食いしん坊な私は、そんな状況でも「何が食べたいか」考えることは苦にはなりませんでした。食べたいものは必ずあるのです。

もしかしたら、次の一食は少しは味が分かるようになっているかもしれないと淡い期待を抱きつつ、「いま何が食べたいか」を本気で考えながら買い物をしました。

結局、毎回期待は裏切られ、不味くて辛い食事が続きましたけれど…。

散歩で自然に癒されて

歩くことは嫌いでしたが、川沿いを散歩してそこに生息するカモ・サギ・カワセミ・コイなどを眺めることは楽しく、おかげで散歩を続けることができました。

動物はみな美しく、そして迷いなく生きている姿はカッコいいものです。

道端の木々や草花を見ながらゆったりと散歩したのも、散歩に行けない日があってもそれで止めてしまわなかったのもよかったのかもしれません。

季節の移り変わりとともに、盛りを過ぎて枯れていく草花や植物にも心を奪われました。

誰に見せるつもりで咲いているわけではなく美しく咲いて時が来れば散っていく姿や、木々の変化するたたずまいに癒されたのです。

自然は着実に私を癒してくれました。

図書館で自己啓発本と出会って

図書館に通うようになって間もなく、自己啓発本と出会いました。

気になったタイトルの本を、気になった文章をメモしながら、次々と読みました。

何か頼りになる考え方を見つけられるかもしれないと思って、読み漁ったのかもしれません。

何冊も読んでいくなかで学んだことはたくさんあります。

特に心に残ったのは次のような考え方でした。

  • 上機嫌で生きるためには自分の機嫌は自分で取る
  • ありのままの自分を認めて愛してあげる
  • いっぱい一杯になってしまわず、いつでも余白を作っておくことが余裕につながる
  • 空間がないと運や物は入ってこない
  • お金も運も愛も突き詰めればエネルギーである
  • 全てのものは移り変わっていく
  • まず、出すことから始めないと自分に巡ってこない
  • 無いと思うから無いのであって、実はすべては足りている
  • 自分の人生の責任は自分で取る
  • 覚悟を持って生きているか

など、数え上げればきりがありません。

沢山のよい本との出会いが、どれだけ私のメンタルを強く元気にしてくれたことでしょう。

上記のような考え方を「そんなの知ってるよ」と思う方も、「それってどういうこと?」と思った方もいらしゃると思います。

これら私が出会った沢山の本については、別の記事で追々紹介したいと思っています。

いま思うこと

無理のないことを続けた

なぜスーパーに行くことや散歩すること、図書館に行くことが続けられたかといえば、無理のないことを無理のない範囲でしかしなかったからだと思っています。

無理がないこととは、昔好きだったことあるいは昔から好きなことかと思います。

私の場合、食べること、動物や自然と触れ合うこと、本を読むことなどがそれでした。

人は自分の気持ちに無理をしいることは続けられないのではないでしょうか。

逆に言えば、誰しも好きなことなら無理なく続けられるのではないかと思うのです。

回復を焦らなくなった

そうしてもうひとつ、回復を焦らなくなったことが大きな転機になったと思います。

焦らなくなったがゆえに、うつになって初めてゆったりとした気持ちで過ごすことができるようになりました。

それまで長い間、いつも気分が落ち着かず、心から安らいだことはありませんでした。

周囲の人から「ゆっくり休むこと」と何度も言われましたが、『ゆっくり休むって何?』『どういうこと?』『どうすればいいの?』と理解することすらできませんでした。

私の場合いつでも、働くことに焦っていました。

ですから、少しでも体調が回復するとすぐ働くことを考えました。

本当はとてもまともに働ける状態ではなかったのに働いていたのです。

若いころは自分を養うために働きました。

結婚してからも必要に迫られて働きました。

そして夫が脳出血で半身まひになってからは、夫を養うために一生働かなくてはならないと思い、うつになっても必死で働いていました。

いまは、自分ひとりを養えばいい状況です。

そして、『数年間は貯金で生活できるんだからしばらく休んでいいんだ』と分かってからは、気持ちに大きな変化がありました。

子供のころから持っていた、『お金がないから働かなくては生きていけない!』という強迫観念から放れることができのです。

実に45年間以上囚われていたこの強迫観念をどうやって手放したかは、また別の機会にお話しできたら、と考えています。

きっかけは人それぞれ

健康法でも生き方でもなんでも、万人に正解というものは無いと思っています。

同じようにうつから回復するきっかけは人それぞれだと思います。

私に合ったものがあなたに合うとは限らないですよね。

ですから、『どん底』から少し回復したけれど、

まだ日常を取り戻せていない、もっと元気になりたいともしあなたが感じているなら、

なるべくいろいろなことをして試してみて頂きたいのです。

何がきっかけになるかは自分でも分からないかもしれません。

やってみなければ分からない。だから、無理のない範囲でいまの自分にできることを試してみてください。

かなり元気になった私ですが、まだ心療内科の通院は続いています。

服薬があり、いま減薬中なので、少なくとも薬がなくなるまでは通院しようと思っています。

いまがものすごく辛い方も、悶々とした日々を送っておられる方もいまの状態や状況がずっと続くわけではないと考えてください。

先が全く見えないと人間は苦しく辛いばかりになってしまいがちですが、

それでも目を開けていないと暗闇のその先にある微かな光を見つけることができないのではないでしょうか。

明けない夜はないし、すべてのものは日々移り変わっていく。

きのうと同じ日は無いのです。

あなたの心の状態も体調も毎日変化しています。

大切なのは、自分の本当の気持ちに素直になること。

そして、自分の体調や心の変化を見逃さずに、小さな声にも耳を傾けてあげることなのだと思います。

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この記事を書いた人

コメント

コメント一覧 (2件)

  • 「日の光の入らないような場所にいては元気になれない」

    これを読んだ時、私も同じように思いました。
    私も自然と、お天気の日も雨で暗い日も、どんな時でも必ず日中はカーテンを開けて外の光を取り入れるようにしていました。

    そうすることで、心が閉じ込められることなく少しでも晴れる気がしたのです。

    ブログを読んで、とても癒されました。

    ありがとうございます^^

    • SHUさん、コメントくださりありがとうございます。つたない私のブログに付いた”初めてのコメント”です。とっても励みになります。嬉しかったです。

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